ニュース表@ふたば
[ホーム]

[掲示板に戻る]
レス送信モード
おなまえ
E-mail
題  名
コメント
添付File []
削除キー(記事の削除用。英数字で8文字以内)

画像ファイル名:1771598357402.jpg-(357478 B)
357478 B惨敗の時はいつも「安住淳」氏が傍に…「野田佳彦」元首相が敗北を繰り返す“根本的な理由”Name名無し26/02/20(金)23:39:17 IP:106.73.*(enabler.ne.jp)No.4392950+ 4月16日頃消えます
https://www.dailyshincho.jp/article/2026/02190503/

2009年、民主党は政権交代を果たした。野田氏も財務副大臣に就任したが、鳩山由紀夫⇒菅直人と首相が代わる中で、政権運営は迷走、不祥事も相次ぎ政権支持率は低迷する。財務大臣に昇格していた野田氏は、菅氏が東日本大震災対応の混乱などの責任を取って辞任した後、代表選に出馬。見事当選し、総理に就任した。代表選で自らを「どじょう」に譬えた演説はおおいに話題となった。
政権発足後も支持率が低迷する中、野田首相が政治生命をかけたのは「消費税10%への増税」である。野党であった自民党、公明党と手を結び、増税法案の成立へと突き進む。反発した小沢一郎氏らが集団で離党し、ますます政権基盤は弱まったが、2012年8月、「近いうちの解散」を条件に、自公と合意して同法案を成立させたのだ。
1無題Name名無し 26/02/20(金)23:42:42 IP:106.73.*(enabler.ne.jp)No.4392951+
    1771598562209.jpg-(174452 B)
174452 B
問題はこの後、である。野田氏をよく知るベテラン党関係者は言う。
「当然、『近いうち』の時期が焦点になった。野田さんは早期の解散も視野に入れていましたが、当時、民主党の支持率は低迷し、解散したら確実に選挙で敗れる状況だったため、党内からは異論が続出した。それに押されて、野田さんは決断できず、ズルズル時期を引き延ばしてしまったんです」
約束を破られた自公両党は、「首相は嘘つきだ」と攻撃を強める。混乱が続く間、世論はどんどん離れていき、10月にはまだ34%あった支持率が、11月には19%(いずれも読売新聞の調査)まで低下した。
「完全に機会を逸した野田さんは、11月14日、安倍(晋三)自民党総裁(当時)との党首討論の場で解散を宣言するという奇策に出ました。負けは確実でしたが、これ以上機を逃すと、国政進出の準備を進めていた橋下徹氏率いる『日本維新の会』に、第二党の座すら奪われる可能性があった。追い込まれての決断でした」
党首討論での解散表明は前代未聞のことだった。
2無題Name名無し 26/02/20(金)23:45:13 IP:106.73.*(enabler.ne.jp)No.4392952+
    1771598713860.jpg-(15752 B)
15752 B
「野田さんら幹部たちは、この表明に“ヒロイック”になっていた。これで事態が好転すると本気で考えていた節がある。実際、直後に支持率は少し上がったのですが、“効果”は微増に留まりました」
そして12月の総選挙では大敗を喫し、230議席から57議席と大幅に党勢を退潮させた。
「8月の増税法案成立直後なら、まだ“負け幅”は少なかったはず。あるいは、どれだけ自公から罵倒されても耐え、政治改革関連の法案を成立させて翌年の参院選の時に同日選挙を仕掛けるという選択肢もありました。しかし、野田さんは連日、嘘つきと攻撃されることにナーバスになっていました。その末の“自爆解散”でした」
ちなみに、この時の民主党の幹事長は輿石東氏だったが、参議院議員であったため、選挙を実質的に仕切ったのは、幹事長代行だった安住淳氏。今総選挙での「中道改革連合」も、野田共同代表に安住共同幹事長――。まさに「歴史は繰り返す」のである。
3無題Name名無し 26/02/20(金)23:48:54 IP:106.73.*(enabler.ne.jp)No.4392953+
    1771598934628.jpg-(49643 B)
49643 B
こうして政権交代をわずか3年でフイにしてしまった野田氏だが、その後も敗北の歴史は続く。失権していた野田氏が、再び表舞台に立ったのは2016年のこと。当時、民主党は維新の党と合併して「民進党」となっていたが、この年、代表に蓮舫氏が就任。彼女のたっての希望で、野田氏は幹事長に就任した。
新体制発足後、森友問題や加計問題などの疑惑が噴出し、安倍政権は危機に陥った。野党第一党の民進党にとっては、党勢拡大の大きなチャンスであった。しかし、「蓮舫−野田」執行部が有効な手立てを講じられない中、代わって政局の目玉となったのが小池百合子都知事である。2017年6月の都議選で、率いる「都民ファースト」が大躍進。その風に煽られた民進党は7議席から5議席へと議席を減らした。
「知られていませんが、この時も、野田さんは大チャンスを逃しています」と関係者が続ける。
4無題Name名無し 26/02/20(金)23:51:42 IP:106.73.*(enabler.ne.jp)No.4392954+
    1771599102522.png-(1374477 B)
1374477 B
「都知事選の前、都民ファの代表と、野田さんの極秘会談がセットされた。躍進が確実視されていた都民ファと民進党の都連が連携し、自民党を打倒しようという話し合いの場でした。しかし、その日、野田さんは約束の場に現れず、代わりに馬淵選対委員長と、事務局トップを寄越した。当然、話し合いは進みませんでした。野田さんにしてみれば、“地域政党に過ぎない都民ファに迎合することは出来ない”“大が小に飲み込まれることに抵抗感があった”ということなのでしょう。しかし、結果は見るも無残。都民ファ側は後に“(野田氏は)本当に馬鹿ですね”と漏らしていた。“民進党を助けようと思っていたのに”と」
敗戦の責任をとって、蓮舫、野田両氏は辞任。またも重要な局面で野田氏の「勝負勘のなさ」が露呈してしまったのだ。
こうして3度、党を危機に陥れた野田氏。通例なら、二度と権力の座には就けないはずだが、2024年にはまた「立憲民主党」のトップに付いた。
5無題Name名無し 26/02/20(金)23:54:18 IP:106.73.*(enabler.ne.jp)No.4392955+
    1771599258886.jpg-(129494 B)
129494 B
旧民主党時代の幹部がいつまでも“上”に居座り、若手が育っていなかった。また、その2年前に射殺された安倍(晋三)元首相の国会での追悼演説を行って高い評価を得たこともあり、『野田待望論』が沸き起こったのです」
そしてその年に行われた衆院選では50議席を増やし、石破(茂)政権を過半数割れに追い込んだ。次いでその翌年行われた参院選でも議席を維持し、こちらでも自民党を過半数割れに追い込む。ここまでの野田代表の評価は、決して低いものではなかった。しかし、それが「裏金問題」と、石破総理の不人気ゆえの“敵失”のおかげであることは明らか。自民党が高市氏を「新しい顔」に選ぶと、形勢は一気に暗転。先の選挙で、これまでの成果を無にする大惨敗を喫したのである。
「振り返ってみると、野田さんはキャリアこそ長いですが、本当の意味での“下積み経験”に乏しいように思えます」と前出の関係者は言う。
6無題Name名無し 26/02/20(金)23:56:30 IP:106.73.*(enabler.ne.jp)No.4392956+
    1771599390567.jpg-(78605 B)
78605 B
「総理就任前の泥臭い仕事と言えば、国対委員長くらいでしょうか。閣僚も財務大臣を経験したのみで国のトップに就いています。そして総理退任後は“雲の上”の存在になってしまった。つまり、自民党の政治家のように、大臣を歴任しながら、国対や党務に携わり、加えて派閥の閥務も行い……といった経験を積んでいないのです。それは、野田さんだけでなく、権力側にいた期間の少ない旧民主党系の政治家に共通していることですが……。自民党の政治家はそうしたプロセスの中で、ネゴを学び、激しい権力闘争を生き抜き、政治のリアリズムを自然と体得していく。一方で、野田さんは思想や発言は保守政治家そのものですが、そうした生臭い、ドロドロした政争の中で培われる、現実主義に根差した“保守”のにおいはしない。だから、討論には強いが真剣勝負に弱い。野田さんはプロレスファンで有名ですが、その点を指して、“プロレス保守”という人もいるくらいです」
7無題Name名無し 26/02/20(金)23:59:20 IP:106.73.*(enabler.ne.jp)No.4392957+
    1771599560290.jpg-(57651 B)
57651 B
続けて、「麻生(太郎)元首相は、総理の資質とは“絶望的な孤独に耐える力”と言いましたが、野田さんにそのような“勁(つよ)さ”はあまり感じられない。悪人ではありませんが、リアルな政治の直視に基づいた、決断力や洞察力に欠けることは否めません。今回の選挙に関しては、高市さんはまさに孤独と向き合って解散の決断をし、乾坤一擲の勝負に挑んだ。一方の野田さんは奇襲に慌てふためき、公明党と組んで安易に票をもらおうという道を選んだ。はじめから勝負に向き合う姿勢が違っていたのでしょう。敗北は必然でした」
今回の選挙で、旧立憲民主党勢で選挙区から勝ち上がったのはわずか7名。野田氏もその中に入った。もっとも、前回10万票近かった対抗馬との票差は、1万票余りまで迫られた。
「今回の敗戦については、いつまでも“古い顔”が党の前面に出ていることも一因となった。今後、もう表舞台に出ることはないでしょうし、出てはいけない。裏方にまわって、討ち死にした将来ある同志たちの復活にしっかり取り組んでいってほしい」
8無題Name名無し 26/02/21(土)02:15:48 IP:14.9.*(enabler.ne.jp)No.4392961+
    1771607748735.png-(143761 B)
143761 B
>続けて、「麻生(太郎)元首相は、総理の資質とは“絶望的な孤独に耐える力”と言いましたが、野田さんにそのような“勁(つよ)さ”はあまり感じられない。
まあこの真っ白なボードの前に座ってる時点で
同じく大敗を受けてどっかに引きこもって出て来ない
共同代表(笑)2人とは肝の据わり方が違うわな

- GazouBBS + futaba-