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漫画家・ちばてつやさん死去 87歳 戦争、貧困、挫折を乗り越え…「あしたのジョー」生む スポーツ漫画の歴史を変えた表現力 漫画家初の文化勲章、後進育成にも尽力
ボクシング漫画の金字塔「あしたのジョー」をはじめ、数々の名作を世に送り出してきた漫画家・ちばてつやさん(87)が死去したことが分かった。最近では2015年12月から、ビッグコミックで「ひねもすのたり日記」を連載していたが、今年9月、体調不良で休載すると発表。自身のブログも8月17日に執筆したのが最後だった。
| … | 1無題Name名無し 26/10/27(火)12:18:15 IP:153.203.*(ocn.ne.jp)No.4418360+戦争と貧困を経験した少年は、漫画を通じて人間の喜びや悲しみ、挫折から立ち上がる姿を描き続けてきた。日本のスポーツ漫画を代表する作家となり、2024年には漫画家として初めて文化勲章を受章。作品の創作だけでなく、後進の育成や漫画文化の発展にも尽くしてきた。 |
| … | 2無題Name名無し 26/10/27(火)12:18:43 IP:153.203.*(ocn.ne.jp)No.4418361+日本への引き揚げを目指す中、一家は父親の中国人の友人宅に身を寄せ、屋根裏部屋に隠れて生活した。食料も十分にない過酷な環境。外で遊ぶこともできない弟たちを楽しませようと、紙切れに絵を描き、物語を聞かせた。後にちばさん自身が漫画家としての原点だったと振り返る体験だ。 46年に帰国したものの、生活は苦しかった。食べ物も乏しく、両親は自分たちの食事を削って子どもたちを育てたという。戦争によって日常を奪われながらも、家族に支えられて生き延びた経験は、ちばさんの創作活動につながっていった。帰国後、友人を通じて漫画の世界に触れ、50年には漫画同人誌の制作に参加。高校生だった56年に貸本向けの作品でプロデビューした。58年には「ママのバイオリン」で雑誌連載を始め、少女漫画でも活躍。61年に野球漫画「ちかいの魔球」で週刊少年誌に進出すると、「紫電改のタカ」「ハリスの旋風」など次々と人気作品を発表した。 |
| … | 3無題Name名無し 26/10/27(火)12:19:28 IP:153.203.*(ocn.ne.jp)No.4418363+大きな転機となったのが、67年12月発売の「週刊少年マガジン」で連載が始まった「あしたのジョー」だった。原作は高森朝雄の筆名を使った梶原一騎さん。下町のドヤ街に現れた少年・矢吹丈がボクシングと出会い、ライバルたちとの死闘を通じて成長する物語は、若者たちの熱狂的な支持を集めた。 |
| … | 4無題Name名無し 26/10/27(火)12:20:34 IP:153.203.*(ocn.ne.jp)No.4418364+人気の一方、創作活動は過酷を極めた。ちばさん自身も体調を崩し、十二指腸潰瘍で入院。連載の休止を余儀なくされたこともあった。取材に「何で漫画を描いているのか? 命と漫画、どっちが大事だ」と何度も自問自答したことを告白。それでも作品を描き続けた。73年、連載は完結した。最終回で描かれたのは、リングのコーナーに座り、真っ白な灰になったように見えるジョーの姿だった。生きているのか、死んでいるのか。結末の解釈は読者に委ねられた。ちばさんは「私も燃え尽きたところがあった。当時の自分の気持ちをそのまま描きました」と振り返っている。主人公が最後まで力を出し切った姿には、長い連載を終えた漫画家自身の思いも重なっていた。 |
| … | 5無題Name名無し 26/10/27(火)12:21:05 IP:153.203.*(ocn.ne.jp)No.4418365+功績は「あしたのジョー」だけにとどまらない。剣道を題材にした「おれは鉄兵」、相撲界を舞台にした「のたり松太郎」、ゴルフ漫画「あした天気になあれ」など、幅広い競技を作品に取り上げた。勝敗だけではなく、登場人物の個性や人間関係、成長の過程を丁寧に描く作風は、スポーツ漫画の表現を豊かにした。 「おれは鉄兵」で76年に講談社出版文化賞、「のたり松太郎」で77年に小学館漫画賞などを受賞。長年にわたる活動は高く評価され、2002年に紫綬褒章、12年に旭日小綬章を受章し、14年には文化功労者に選ばれた。 |
| … | 6無題Name名無し 26/10/27(火)12:22:17 IP:153.203.*(ocn.ne.jp)No.4418366+15年末には、自身の人生を題材にした「ひねもすのたり日記」の連載を開始。旧満州での幼少期や引き揚げの記憶、漫画家仲間との交流などを描き、戦争を経験した世代としての記録も残している |